CENTER OF UNIVERSE

恋愛とは「運命の人」を探すことである――

と書くとただのロマンチックなポエムみたいだけど、運命の人とは要は「合う人」を探すことだと考えるとそれは現実的な話になる。

そういう意味ではどんな人間にだって「運命の人=合う人」はいる可能性があるし、何が相手にとってプラスになるかマイナスになるかも人によって違うのだ。

出会い厨の何が害悪かというと、彼ら(彼女ら)は「誰でも良いから相手が欲しい」と考えているため無差別にアプローチを仕掛けることになる。

本来ならば人間と人間が出会い、相手とコミュニケーションを重ねるうちにお互いが相手を「合っている」と認識しそのまま恋愛に繋がるのだけど、出会い厨はその過程を飛ばしてしまう。

それは「運命の人」を探すに当たって双方にとって無駄な時間を消費することになる。

それだけでなく、恋愛における失敗というのは本人にとってトラウマとして残り、アプローチをされて/して失敗する度に異性に対する期待値というのはどんどん下がっていくことになる。

(過去に男性から酷い目にあった女性がミサンドリストになるのはまさにそれだ)

その結果、そういう経験が積み重なった人間はどんどん異性に対して身勝手になっていき、「運命の人」から遠ざかっていってしまう――

僕が出会い厨を害悪だと考えるのはそう言った理由からだ。

このblogも始めてから10回目の更新になった。

いつも3日坊主で終わる僕にしては上出来なんじゃないだろうか。

人様に向けたちゃんとした文章はまたいつか書くとして、ここは思考の記録の殴り書きとして、どうせ誰も読んでいないのだから自由に書いていこうと思う。

ずっとTwitterしかやっていなかった僕にとって、二行以上の文章を書くリハビリみたいなものだ。

深夜の静かな部屋で音楽を聴いて、「ここが世界の中心だ」って思いながらお酒を飲んで毎日過ごしています。

この狭いバスタブが世界を蹂躙する。